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東京北簡易裁判所 昭和42年(ハ)338号 判決

原告 吉田松男

右訴訟代理人弁護士 松島政義

被告 横山太行

右訴訟代理人弁護士 鈴木亮

主文

被告は原告に対し、別紙目録(一)記載の建物中同(二)記載の一室を明渡し、かつ、昭和四二年六月一日より右明渡しずみにいたるまで、一か月金八、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、別紙目録(一)記載の建物は、一階は二つの貸店舗として、二階は別紙見取図に表示したとおり貸居室を目的とするいわゆるアパートとして建築(もっとも、右見取図表示の(5)の部分は現在はバーに改造されている)したもので、同図面表示の(3)の部分を原告夫婦がその居室として使用しているほかはすべて他に居室として賃貸しているものであるところ、原告は右建物のうち別紙目録(二)記載の一室(以下本件貸室という)を、被告に対し、昭和四〇年四月一日賃料一か月金八、〇〇〇円毎月二八日かぎり翌月分前払、存続期間二年の約で居住用として賃貸の上引渡した。

二、ところが、被告は右借室でマージャンをやるようになり、昭和四二年一月頃からは毎夜午前二時頃まで、また同年三月末頃からは連日徹夜でするようになったが、右マージャンによって生ずる騒音(牌を掻き交ぜる音、牌を打つ音、その間に交わされる私語、勝負の終った時に挙る喚声、時々便所に往復する際の雑音等)によって他の居住者はその安眠・休息を妨害されるにいたり、そのため、原告はその隣室の居住者である訴外山口伸雄外一名らから強い苦情を持ち込まれるようになったので、たまりかね同年二月頃からしばしば被告に対しマージャンをやめるよう要求していたが、被告の聞き入れるところとならず、そのうち同年三月末頃にいたるや右騒音に堪えかねたのか前示訴外人らは他に転出してしまうし、同年四月頃からは原告の妻も不眠症、神経衰弱症に罹り、その治療のため訴外愛誠病院に通院するようになってしまった。

三、右のような次第であったので、原告は同年三月頃から被告に対し数回にわたって本件貸室の明渡しを求め、ついで、同年四月末か五月初め頃被告に対し同年五月分の賃料の受領を拒絶することによって黙示的に契約解除の意思表示をしたが、被告の前叙行為は、アパートの如き共同住宅の賃借人としての用法義務違反であり、原告がこれに堪えることは社会通念上受忍すべき限度をはるかに超えるものであって、いわゆる賃貸借における信頼関係を破った著しい不信行為であるから、原告のなした右契約解除はもとより有効であり、したがって、本件賃貸借は前示昭和四二年四月末ないしは同年五月初め頃契約解除によって終了したものである。

四、よって、原告は右賃貸借終了にもとづき、被告に対し、本件貸室の明渡しと、昭和四二年六月一日より右明渡しずみにいたるまで、一か月金八、〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払いとを請求する。

旨陳述し(た。)立証≪省略≫

被告訴訟代理人は、

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求め、答弁として、

原告主張の請求原因第一項の事実は、そのうち、賃貸借契約の年月日を除きその余は認める。

被告が本件貸室を賃借したのは昭和三六年四月一三日からでその後右賃貸借は更新されてきたものである。

同第二項の事実は、そのうち、被告が本件貸室でマージャンをやったことは争わないが、その余の点は否認する。

同第三項の事実は、そのうち、昭和四二年五月分の賃料につき原告よりその受領を拒絶されたことは認めるが、その余の点については否認する。

旨答え(た。)立証≪省略≫

理由

一、請求原因第一項の事実は、本件貸室の賃貸借契約年月日を除くその余の点については当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を綜合すると、本件貸室につき当初賃貸借契約がなされたのは昭和三六年四月一三日であって、その後原告主張の日にその主張の如き内容をもって更新されたものであることを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

二、≪証拠省略≫を綜合すると、被告は昭和四二年一月頃から本件貸室において四・五名の者とともに一晩おき位にマージャンをやるようになり、当初のうちは午後一二時頃までであったのが、そのうち徐々に午前一・二時頃までするようになり、同年三月頃からは徹夜でやることも四・五回に及んでいたこと。右マージャンをすることによってその都度起きる牌を掻きまぜる音、牌を打つ音、その間に交わされる私語、勝負の終った時にあがる叫声、時折便所に往復する足音ならびに扉の開閉音等の騒音のために、原告夫婦を始めその隣室の居住者達はその睡眠を妨げられ十分の休息をとることができなくなり、そのため原告は隣室の居住者である訴外山口伸雄らより苦情の申入れを受けるにいたったばかりでなく、同年四月頃からは原告の妻はるも不眠・心気亢進・息切れ等の症状を呈するようになり、その治療のために訴外愛誠病院に通院するようになったこと。これより先原告は右マージャンの騒音のために睡眠不足に陥ったので、同年二月頃から四回位にわたり被告に対しマージャンを止めるよう要求したが、被告はこれを肯きいれず、依然として継続していたので、同年四月中旬頃被告に対し、本件貸室の明渡しを求めついで同年五月初め頃同年五月分の賃料の受領を拒絶するにいたったこと(この賃料の受領拒絶の点については当事者間に争いがない)、をそれぞれ認めることができ、この認定と牴触する被告本人尋問の結果はたやすく措信できず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

三、そこで、およそ国民は誰しも日常快適かつ円満な生活を享受し得る権利を有しているといえるから、いわゆるアパートの如き共同住宅の一部を居室として使用する者に対してはその本来的性質にもとづき生ずる協同生活上守らなければならない義務の連帯性を他に比し強く要請されているものというべきである。したがって、賃借人としては、その居室の使用にあたっては、いやしくも社会常識の上から考えて他室居住者の生活環境の平穏を紊すような言動は厳に慎しみ、もって協同生活の相互安定を図らなければならない義務(これは広い意味における用法義務ともいうべきものと解する)があり、また一方賃貸人は、他の居住者との関係において賃借人に対しこの義務の遵守を要求し得る権利を有し、もし、賃借人に右協同生活における社会通念上他の者が受忍すべき限度を超える違反行為があった場合にはその者に対しその速かな停止を求めるとともに、これに応じないときは、もはや賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為に該当するものとして、賃貸借を将来に向って解除することができるものと解するところ、前認定事実に徴すると、被告はいわゆる木造アパートの一室である本件貸室において、昭和四二年一月以降同年四月末頃までの間、すくなくとも一晩置き位に、しかもそれは毎回午前一・二時頃までの深夜に及び、また時には徹夜までしてマージャンをやっていたというのであるから、同アパートに居住する他の者達がその騒音のために睡眠を妨げられ、十分な休養をとることができずそれがため延いては翌日の活動にも影響を及ぼすようになったであろうことは想像するに難くない(加えて、原告の妻はそのために前示の如き病気に罹り治療のため通院するのやむなきにいたった)ところであるので、被告の右行為は、もはや社会常識から考えても、他の協同生活者にとり受忍すべき限度をはるかに超えたものといっても差支えなく、さらに、被告は原告よりの数回にわたる停止要求にも応ぜず、この行為を継続していたので原告は同年四月中旬頃被告に対し本件貸室の明渡しを求め(これは契約解除の意と解する)、ついで、同年五月初め頃同月分の賃料の受領を拒絶することによって右解除の意思を明確にさせたというのであるから、原告のなした右契約解除は、もはや、被告の本件貸室に対する賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為にもとづくものとして有効なものと認めるを相当とすべく、したがって、本件賃貸借は昭和四二年四月中旬頃契約解除によって終了したものというべきである。

四、そうであれば、被告は原告に対し、本件貸室を明渡し、かつ、賃貸借終了後の昭和四二年六月一日より右明渡しずみにいたるまで、一か月金八、〇〇〇円の割合による賃料、相当損害金を支払うべき義務があること明らかであるので、当裁判所は、原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、なお本件は仮執行を付することは相当でないと考えるので原告のこの宣言申立を却下の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 須田武治)

〈以下省略〉

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